- 高等学校 歴史総合
<授業研究 歴史> 社会保障から読み解く「国民国家」と経済危機 -「歴史総合」で行う分野間の知識の接合と運用を目指して-
2026年度 後期号
◆授業研究 歴史
社会保障から読み解く「国民国家」と経済危機
ー「歴史総合」で行う分野間の知識の接合と運用を目指してー

別府大学 文学部 准教授 佐伯 彩
1, はじめに
文学部で歴史学系学科出身の高校教員の多くはE.H.カーの『歴史とは何か』を読んだことがあるのではないだろうか。この本で、ひときわ異彩を放つ言葉がある。イタリアの歴史哲学者B.クローチェの「すべての歴史は「現代史」である」という言葉だ。この言葉は歴史が過去のものではなく、現代との関わりの中で絶えず紡がれていることを雄弁に語っている。教員は現代と過去との結び付きから学びを与えようとする。しかし、生徒にとっては、歴史の面白さを求めながらも、現実的にテストで点数を取る、という目の前のタスクの方が重要だ。歴史への関心を育むには、現実社会との関連性を示す必要がある。公民的資質の育成を念頭に置くのであれば、現実的な問題に目を向け、自分事として捉える力を付けることが10代の高校生には必要なのである。では、自分事として捉えるということを自分たち大人に置き換えたとき、われわれは何を想像するだろうか。筆者にとっては、非常勤時代、昼時に聞いた50代教員らの「どこの病院が良い病院か」という話と結びつく。泥臭く自分にとって切実な話題ほど公論を形成し得る。彼らにとって、その話題は「健康」だったのだ。人間の、そして、自己の切実さを遺憾なく突き付けるネタとは何か。カネと自己の身の安全の話だ。皆、人生に保障が欲しい。一方で自分の人生を保障するものとしては、やはり公的な保障である社会保障を頼りにせざるを得ない。しかし、近代以降の単元の授業実践では、なぜか社会保障については深く取り上げられないようである。ということで、2025年に筆者は前任校である高等専門学校で国民国家における社会保障の成立と民主政治との関係について授業を行った。今回は、これらの授業実践について論じていきたい(本稿では、教科書・資料集のページは2026年度版を指す)。
2, 分野間の知識の接合
2-1 授業計画で意識していること
本実践は、前任校の高専において4学期(クォーター)制、1コマ90分のなかで2年生の夏学期(6月下旬〜8月上旬)に実施した( 図1 )。夏学期は主に「国際秩序の変化や大衆化と私たち」に当たる。ちなみに、筆者が授業計画を構築するときに少なからず意識していることが三つある。
図1 「国際秩序の変化や大衆化と私たち」授業計画
一つ目は、先述したように前任校は4学期制を採っており、歴史の授業は、春・夏・秋学期に位置付けられていた。時間の制約があるため授業計画において、「歴史総合」を学期ごとに「近代化」「大衆化」「グローバル化」に割り当てていた。
二つ目は、基本的に教科書の内容に準拠する、ということである。学生が勉強する歴史の範囲は広い。「歴史総合」の内容を俯瞰すると、あまりの範囲の広さにこちらの知識が追いつかない。そのため、筆者は教科書準拠の方針であり、きちんと教科書に目を通すように学生に勧めていたし、基本的にシラバスも教科書に沿うように内容を構成している。
三つ目は、社会科学的な知識との接合である。現代社会をどう読み解くか、ということについて、歴史学研究においては社会科学的理論を用いる研究者が多くいる。これは中等教育にも活用できる手法である。ある程度客観的に、かつ冷静に社会を論じるのであれば、社会科学において示されている有名な理論は押さえておくべきである。
この三つの観点から、授業計画および毎時の授業資料を作成している。そして、授業計画において、最も重視しているのは、少なくとも7月の下旬には第二次世界大戦の内容まで進めておこう、ということである。8月には終戦記念日がある。なぜ世界は類を見ない未曽有の殺りくの惨禍を繰り返したのか。われわれが1年に一度真剣に考える期間であると言えよう。
2-2 単元で何を教えるかではなく、単元をたどると何が見えてくるか
さまざまな授業計画や授業実践の中には、テーマ設定として共感し得ないテーマが出てくる。学習指導要領においても「歴史総合」や探究活動においても単元学習という枠組みでテーマを構築することが推奨されている。しかし、筆者は最初に授業のテーマを設定しないことが多い。教員がテーマ設定に違和感を持つと、学生も共感しづらくなるからである。そのため、筆者はテーマ設定において学生にどう育ってほしいか、という考えはいったん徹底して排除する。向き合うは教科書である。
授業計画を進めていくに当たり教科書をよく読んでいくと、さまざまな矛盾が見えてくる。そうした矛盾を自分なりに調べつつ、次の授業に生かしていくと新たな疑問が湧いてくる。問題関心というのはひらめきではなく数珠つなぎである( 図2 )。実践当時、筆者自身は授業計画が半ばを過ぎたあたりから授業の裏テーマとして「「国民国家」は存在するのか」という問題を設定していた。授業計画を立てるに当たり、授業当初からカリキュラムマネジメントをしていくのもよいが、問題関心を伝っていくとそこには授業を通して理解したいと考える抽象的問題が立ち現れてくることもある。
図2 筆者の思考と授業資料の作成の展開
2-3 国民国家・社会保障・ファシズムをどう接合するか
「国民国家」という抽象概念をどのように理解するか。これは一筋縄ではいかない問題である。『明解 歴史総合』(以下、教科書)p.38においては、「19世紀後半に新たに政治を導いたのは、一つの民族(国民)が一つの国家(国民国家)をつくることを理想とする、ナショナリズムだった。」として単一民族国家を原則的に「国民国家」のステレオタイプとしている。この「国民国家」について学生に聞くと「=日本」を想像する学生が多いが、日本には在日韓国・朝鮮人やアイヌ民族などもおり、上記の「国民国家」の理想を追求していくと彼らの国籍取得、同化の問題に結び付いていく。
第一次世界大戦後、オーストリア‒ハンガリー(二重)帝国、ロシア帝国、オスマン帝国などが崩壊し、「帝国」を構成していた諸民族が次々に独立を果たした。これを「国民国家」の成立と位置付けている歴史教科書は多いが、歴史学の研究においてはその観点は批判的に見られている。例えば、第一次世界大戦後に生じた捕虜の帰属国への帰還においてオーストリア‒ハンガリー(二重)帝国の帝国臣民の帰還事業は、一部の民族についてはなかなか進まなかったi。また、緊張関係にありながらも、平時であれば協調関係を持つこともできた国境線沿いの一部地域では、第一次世界大戦以降は隣国のどちらかの国家に所属することが「強要」されたii。そう考えると、単一民族的な国民国家など世界のどこにも存在しなかった、と言える。
一方、大戦終結後のヨーロッパ諸国内で問題となっていたのは、戦争に貢献した国民への社会サービスの拡充、すなわち、社会保障制度の整備であった。労働市場から離脱した、あるいは、離脱せざるを得ない人々をどのように社会的協調関係の下で、再度国民国家の中に包摂していくか。また、戦時中に価値を見いだされた人々をどうやって戦後政治に取り込んでいくのか。ヨーロッパにおいて戦後大きな課題となり、各国は「福祉国家」への道を歩むことになった。なぜ「福祉国家」が、労働市場が確立した19世紀ではなく20世紀に成立したのかについて、福祉社会学研究者の上村は福祉国家の核心は労働力の脱商品化を権利に基づくものとし、その理解を全国民に普及するには普通選挙による民主主義の進展、すなわち脱階層化が不可欠であったことを指摘しているiii。「国民国家」も国家の代表を選挙で選出する政治基盤の上に成り立つと仮定すると、福祉国家を理解することは「国民国家」を理解することにつながる。このような観点から、学生に配布する授業資料を作成した( 図3 )。
図3 授業プリント(筆者作成)
3, 中学校の学びを生かしつつ、歴史の授業でさらなる深い学びへ
3-1 学習指導案の概要
次に、第12週の授業の学習指導案を示す( 図4 )。本授業は90分であり、一般の高校であれば、授業を2回から3回に分けて実施すると考えてもらうと想像しやすい。
図4 授業指導案(筆者作成)
3-2 授業の展開
導入 導入部分では、主に第一次世界大戦の部分を教科書の準拠ノートである『明解 歴史総合ノート』を用いて簡単に時代状況の確認を行う。
展開
(1)「福祉」とは何か
展開の最初に学生と非常に興味深い問答をしたので、その内容を提示する。

「福祉」という言葉を聞くと、大体上記の学生と同じようなイメージを持つのではないだろうか。日本では、この「福祉」という言葉が「高齢者」や「障がい者」に使われることが多い。そのため、「福祉=社会的弱者への補助」と考えられる傾向にあるが、本来は公共の幸福の追求こそが福祉であるということを示しておくと学生の理解も深まるだろう。
(2)中学校公民的分野において学んだ憲法第25条のおさらい
図4【1】(3)では、日本国憲法第25条において生存権・社会権に関する文言を復習する。ここで、中学校の教科書などをスライドで示すなど工夫すると次の社会保障制度の成り立ちへの展開がスムーズになる。
(3)社会保障制度の歴史的展開と民主政治の問題
【2】ではMQを示し、社会保障制度の歴史的展開について捉えさせる。社会保障制度が近代国家の発展を促した産業革命と、産業革命の推進による参政権の拡充によってもたらされたことを理解する。ここで重要なのは、納税と社会保障がセットであるということであり、労働市場の拡大と各階層、特に労働者の参政権の拡充が連動していることを資料から学生に適切に読み取らせることである。
【3】では、授業で示されている各資料を確認しつつ、教科書と合わせて空欄補充問題を解く。また、第一次世界大戦後にドイツにおいて成立したヴァイマル憲法の第151条が教科書p.111に載っている。ここでは何が保障されているのかを確認し、日本国憲法との類似性について前段の知識との接合を図る。一方で、当時のヴァイマル共和国成立当初の経済的な状態やヴェルサイユ条約の内容などを資料集『明解 歴史総合図説 シンフォニア』p.132で確認し、経済的にも政治的にも過酷な状況であったことを確認する。これにより、労働者がファシズムに魅力を感じてしまう土壌がヴァイマル期に芽生えていたことを示唆する。
最後に、世界恐慌の概略図について上記資料集p.1447( 図5 )と 図3【資料6】【資料7】を確認し情報を整理する。ここで重要なことは「情報の整理」という作業である。近年、長い文章について意図を理解して要約することが苦手な学生が多い。専門的な用語も多くあるが、それについては、こちらで簡潔に説明した上で、自分で整理できるように促す。これに関連する問いは各項目で整理済みであるので、教員側の働きかけとして、その情報をまとめることを示唆するとよい。これをMQの問いに対する答えとして、学生の授業における振り返りとする。
図5 『明解 歴史総合図説シンフォニア』p.144 7各国の恐慌対策
4, まとめにかえて
まとめにかえて、評価について付記しておく。MQについては、各SQで問われた内容が述べられているのかを確認する。特に、 図3 の授業プリントの解答例(赤字)の波線部分が理解できているかが重要である。また、授業において、もう一つ重要なのは、中学校公民的分野の知識を高校の歴史の授業で運用することである。分野間における知識の接合を促すことができれば、授業における国民国家・社会保障・経済の結び付きについての理解が少しでも結び付いた、と言えるのではないだろうか。
今後、このような公民的な知識だけでなく地理分野との情報を接合したり、文理を融合させたりしたような「多角的」かつ「多面的」な理解を促していくことが「歴史総合」に求められていくことになるだろう。教員側も知識の獲得にまい進しなければならない。
i 大津留厚(2013)『捕虜が働くとき-一次世界大戦・総力戦の狭間で-』人文書院 では、第一次世界大戦の東部戦線の状況や、オーストリア-ハンガリー帝国の兵士の日本の捕虜収容所での生活状況や帰還事業について詳しく述べられている。
ii 衣笠太朗(2023)『ドイツ帝国の解体と未完の中東欧』人文書院 で、衣笠は国家間の境界領域の住民たちの国籍選択の主体性について考察している。
iii 上村泰裕(2024)「国際比較から見た東アジアの福祉」筒井淳也、山根純佳、上村泰裕編『福祉・社会保障』(岩波講座 社会学 第9巻)





