• 地名

カリマンタン島とボルネオ島、2つの名前があるのはなぜですか。

 世界の島で第3位の面積(73.7万㎢)を擁するカリマンタン(ボルネオ)島は、北部をマレーシア(サバ州・サラワク州)とブルネイ、南部を東・西・南・中カリマンタンの4州で構成されるインドネシアが領有しています。
 古くは先住民を追いやるかたちでマレー人が進出し、その後中国人やインド人による植民地建設が始まりました。7~8世紀の唐代ごろから「渤泥(ブルネイ、ボッデイ)」とよばれて中国で広く知れわたり、10世紀ごろには島の北部にブルネイ王国が成立していました。16世紀以降、欧州諸国が相次いで進出すると、ポルトガル人によって「ボルネオ(Borneo)」の呼称がつけられました。これは、「ブルネイ」が訛ったものと考えられています。その後、18世紀半ばにイギリスとの抗争で勝利したオランダが一帯を支配(オランダ領東インド)するようになりましたが、19世紀半ばに再びイギリスが島の北部に侵入しました。1891年、オランダ・イギリス両国はボルネオ島における境界線を決め、北部をイギリス領の北ボルネオ・サラワク・ブルネイ、南部をオランダ領のボルネオとする東南アジア支配を確立しました。第二次世界大戦後、インドネシアの独立とともにオランダ領は同国の領有となり、北ボルネオとサラワクはマレーシアに加わりました。
 インドネシアでは、独立と同時に「カリマンタン島」を正式呼称とし、近年日本の外務省も公式に使用しています。一方のマレーシアでは「ボルネオ島」を使っていますが、自国領の部分は州名の「サバ」「サラワク」と呼称することが普通で、インドネシアほど島名にこだわっていません。そのため、弊社の教科書・教材では「カリマンタン」を優先し、「ボルネオ」は別称として併記して扱っています。