- 中学校 歴史
<授業研究 歴史> 「アブダクション(仮説推論)」を活用した思考力の育成 ―イラスト資料を使った日本の近代化のまとめ―
2026年度 後期号
◆授業研究 歴史
「アブダクション(仮説推論)」を活用した思考力の育成
-イラスト資料を使った日本の近代化のまとめー
東京都 八王子市立上柚木中学校 主任教諭 田代 憲一
1 はじめに
歴史の授業は説明中心の授業になりがちなので、単元や授業をつくる際に生徒の思考力を育成する問いの設定や単元(授業)の構成を意図的に行う必要がある。
帝国書院『社会科 中学生の歴史』(以下、教科書)の特色であるイラスト資料(タイムトラベルなど)を、単元の導入や振り返りに活用した実践が多く行われている。その中で、特に単元のまとめ(振り返り)でイラスト資料を使って、どのように時代の特色や今の時代とのつながりを考えさせるのかに悩む教員もいるのではないか。
そこで本稿は、イラスト資料を使って時代の特色や今の時代とのつながりを、「アブダクション(仮説推論)」を活用して生徒に考えさせる授業実践を紹介する。
「アブダクション(仮説推論)」とは、アメリカの論理学者C.S.パースが提唱した思考方法である。森(2016)は「アブダクション」を、事実について「思いつくままに仮説を列挙」して、その中から「最良の説明(最も理にかなった説明)」を「選択」することであるとし、社会科の授業に活用した研究を行った。その中で森は、思考力を育成する授業構成として、以下のものを提唱した。
導入:驚くべき事実の観察とそこへの疑念をもたせる。「なぜ~なのか」
展開:①事実を説明する仮説を思いつくままに列挙する。
②最良の仮説(最も理にかなった説明)を選択させる。
③仮説の検討と検証を行う。
※①②の過程が、「アブダクション(仮説推論)」による仮説の構築である。
なお、単元のまとめ(振り返り)段階で「アブダクション(仮説推論)」を行うのは、①仮説の精度がある程度高いところからスタートできる、②振り返りの質が高まり、学習内容の意味づけができるからである。仮説をつくるには、ある程度の予備知識が必要になる。単元のまとめで、これまでの学習内容を振り返りながら仮説をつくることで、イラスト資料の表面的な読み取りだけでなく、背景にある歴史まで踏まえた仮説にすることができる。また本実践で、「アブダクション」による仮説の構築から仮説の検討・検証へと進む中で、学んだ内容を自分なりに意味づけたり、歴史的意義について考えたりする生徒が多数見られた。これは、「アブダクション」によって思考が深まったからである。
森(2016)の提唱した授業構成を参考にして、イラスト資料を使って日本の近代化の単元のまとめ(振り返り)の実践を行った。
2 「アブダクション(仮説推論)」を活用した授業
本実践は、第5章「近代国家の歩みと国際社会」のまとめ(振り返り)として、森(2016)の提唱した「アブダクション」を活用した授業構成を参考に、1時間の授業として行った。
授業の導入では、教科書p.168~169「世界とのつながりを考えよう~イラスト編②~産業革命期のイギリス」のイラスト資料(資料A)と「都市の様子からつながりを考えよう」の記述を使用した。
私たちは、19世紀後半のイギリスの工業が盛んな都市に来ています。①このころの日本は明治維新の直後で、欧米を見習った国づくりを進めていました。また、②この時代のヨーロッパの生活が、今の私たちの生活に大きな影響を与えています。
教科書の記述「都市の様子からつながりを考えよう」 (番号と下線は筆者による)
この記述の、下線部①・②に注目させる。これまでの学習から生徒は、19世紀後半のイギリスが明治時代の日本に影響を与えていることは予測できるが、現代の私たちの生活にも大きな影響を与えていることは驚くべき事実として受け止められる。そこで、p.184~185「タイムトラベル⑨明治時代を眺めてみよう」のイラスト資料(資料B)と比較させて、「Q1 なぜ①②といえるのか?2つの資料を比較して仮説を立てよう」と問うた。授業のワークシートは、Googleドキュメントで配布し、作業の効率化を図った。
次に「アブダクション」を活用した「仮説の構築」を行った。Q1の問いに対して、①「このころの日本は明治維新の直後で、欧米を見習った国づくりを進めていました」といえる仮説と、②「この時代のヨーロッパの生活が、今の私たちの生活に大きな影響を与えています」といえる仮説を考えさせた。その際、イラスト資料の背景にある歴史的な出来事を想起させるために、教科書やこれまでの授業プリントを見直しながら仮説を記述させた。その後、グループ内で仮説について意見交換させ、参考になった仮説を記録させた。グループ内での意見交流を踏まえて、「Q2 他の人の仮説を参考にして、①②といえる仮説として、最も納得できる仮説とその理由をまとめよう」と問うた。Q1からQ2までの展開が「アブダクション」であり、生徒の思考の深まりが見られた。
その後、自らの仮説を検証させるために、「Q3 Q2で考えた仮説が本当に成り立つのか、調べてみよう」と問うた。教科書や情報端末などを使ってこれまでの授業内容を振り返り、Q2で構築した自らの仮説について事実と一致するのかを検証させた。ワークシートのQ3は調べたことをまとめるスペースとして自由に使わせた。仮説の検証のまとめとして、「Q4 Q3を踏まえて、①②のようにいえる理由をまとめよう」と問うて、日本の近代化についてまとめさせた。また、「Q5 Q2の仮説とQ4のまとめを比較して、気付いたことをまとめよう」と問うことで、「アブダクション」によって考えた自らの仮説と、近代化のまとめを比較させることで、自らの学びを振り返らせ、考え方の変化や学びの深まりを自覚させた。
3 評価と生徒の学び
本実践の評価は、ワークシートの記述内容で行う。ワークシートのQ4の①「このころの日本は明治維新の直後で、欧米を見習った国づくりを進めていました」といえる理由と、②「この時代のヨーロッパの生活が、今の私たちの生活に大きな影響を与えています」といえる理由の記述内容を、「思考・判断・表現」の観点で評価した。複数の視点から理由を説明しているものを「B」評価として、授業で学んだ内容を踏まえて具体的に複数の理由を記述しているものを「A」評価とした。
また、ワークシートのQ5の「仮説」と「まとめ」を比較して気付いたことの記述内容を「主体的に学習に取り組む態度」の観点で評価した。仮説とまとめを比較して自分の考えの変化を説明しているものを「B」評価として、特に自らの学びの深まりについて具体的に記述しているものを「A」評価とした。
ある生徒は、Q1の仮説①で以下のように記述した。
①「このころの日本は明治維新の直後で、欧米を見習った国づくりを進めていました」といえる仮説
・日本のイラストの左下に蒸気機関車を使い荷物を運搬している様子がある。ヨーロッパのイラストの方でも船に蒸気機関を取り付けて荷物は運搬していないけど人や石炭を乗せて移動できるようにしてある。
この段階での読み取りでは、蒸気機関に着目して、ヨーロッパから明治の日本への影響を考えて仮説を記述している。
そして、グループ内でのメモでは「議会とか国会の建物があるから、議会政治が始まったことがわかる」と記述し、仮説を交流する中で「議会政治」という新しい視点を得ることができた。
Q2の「最も納得できる仮説」では、以下のように記述した。
①「このころの日本は明治維新の直後で、欧米を見習った国づくりを進めていました」といえる仮説
・ヨーロッパのイラストの方では右下で議会政治を行っている。明治の日本でも議会政治が始まっていくので、見習っていることがわかる。
グループの話し合いを踏まえて、自らの仮説に「ヨーロッパの議会政治を明治の日本も見習った」という視点を入れて補強したことがわかる。
仮説の検証で学習の振り返りを行った後のQ4のまとめの一部に、以下のような記述が見られた。
①「このころの日本は明治維新の直後で、欧米を見習った国づくりを進めていました」といえる理由
・ドイツを参考に、近代国家の仕組みづくりが進められた。岩倉使節団がヨーロッパに渡り、憲法や議会制度を学びました。これが後の大日本帝国憲法につながっていくことになる。
「議会政治」の視点を発展させて、日本の近代化が欧米の影響を受けたことを具体的に記述できるようになった。
Q5の仮説とまとめの比較では、以下のように記述した。
明治時代の日本がどのように西洋を取り入れていったのかについて、理解の深まりをはっきりと表すことができたと思う。Q2では、主にイラストに描かれているものを手がかりに、蒸気機関車や議会政治の様子など日本がヨーロッパを「見習っている」という点を中心に述べていた。(中略)しかし、Q4では、単に「真似している」という表現にとどまらず、どの国のどの制度や技術を参考にしたのかが書けたところが大きな変化だと思った。たとえば憲法はドイツの制度をモデルにして整えられたところ。(中略)こうした具体的な国名や制度名が挙げられていることで、明治政府の近代化政策がどれほど計画的で、目的を持って行われていたかがより深く理解できるようになっていると思った。(中略)このように、2つの文章を比較すると、「イラストに描かれているものを説明する」から「明治政府がどのような目的で欧米を参考にし、どのように近代国家を作ろうとしたのかを説明できる」へと大きく成長していることがわかった。最初は真似している日本という印象が強かったが、後の文章では国を守り、国際社会に認められるために必要な改革を進めた日本という、より深い歴史的視点が身についていると感じた。 (下線は筆者による)
この生徒は、仮説の構築から仮説の検証を経て、明治政府の近代化の目的や計画性を深く理解し、それが「国際社会に認められるために必要な改革」だったと意味づけを行うことができた。このように、「アブダクション」を活用した授業構成によって生徒の思考の深まりが見られた。
4 おわりに
本稿では、歴史的分野の単元のまとめ(振り返り)の場面で「アブダクション(仮説推論)」を活用してイラスト資料を読み取る授業実践を取り上げた。
生徒のワークシートの記述を見ると、「アブダクション」の考え方を活用してイラスト資料を読み取る授業を実践したことで生徒の思考の深まりが見られたことから、歴史的分野の単元のまとめ(振り返り)として有効な授業だったといえる。
「アブダクション」を活用した授業構成は、歴史的分野の他の単元や地理的分野、公民的分野でも応用することができると考える。今後も、生徒の思考力を育成する授業構成について追究していきたい。
<参考文献>
・森才三「社会系教科授業における思考力育成の実践方略―パースの「アブダクションの論理学」に注目して―」『社会系教科教育学研究』第28号、2016年





