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<研究最前線~地歴・公民> 生成AI時代における地歴・公民科の役割

2026年度 後期号

◆研究最前線〜地歴・公民

生成AI時代における地歴・公民科の役割

公立はこだて未来大学 名誉教授/日本学術会議会員 美馬 のゆり

生成AIは、すでに多くの高校生にとって身近な存在になっている。検索、要約、翻訳、文章作成など、学習場面での利用も広がっている。

しかし、生成AIを単なる「便利な道具」として捉えるだけでは不十分である。私たちは生成AIを通して情報に触れ、考え、判断するようになりつつある。生成AIは、「考える環境」そのものを変え始めている。

1, 生成AIは「便利な道具」なのか

これまでは、分からないことがあれば、自分で複数の情報源を探し、比較し、考えながら理解を深めていく必要があった。しかし、生成AIは、質問すれば瞬時に、もっともらしい答えを返してくれる。その即時性は、私たちの学び方そのものを変えつつある。一方で、自分で調べ、迷い、考える経験そのものが減っていく可能性もある。

ここで留意したいのは、生成AIが過去の大量のデータを基に学習している点である。そのため、社会の中で多数派とされてきた価値観や傾向が、「自然なもの」「普通のもの」として再生産されやすい。逆に、少数派や弱い立場にある人々の視点、歴史の中で周縁化されてきた人々の声は、見えにくくなる可能性がある。

この問題は、高等学校の地歴・公民科と深く関わっている。地歴・公民科は、単に知識を暗記する教科ではない。歴史や社会を多面的に捉えながら、「社会をどう考えるか」を学ぶ教科である。

生成AIは、過去のデータを基に「最も確からしく見える答え」を返すことを得意としている。しかし、歴史や社会、民主主義や倫理には、唯一の正解が存在するわけではない。同じ出来事でも、立場や背景によって見え方は異なる。社会の中には、多様な価値観や利害が存在する。問い続け、対話し続けながら考えていかなければならないのだ。

生成AIの普及によって、こうした問いや対話を基盤とする地歴・公民科の学びが揺らぎ始めている。

AI時代には、「情報活用能力」の捉え直しも必要になる。単に情報を早く集めるだけでは十分ではない。生成AIの回答をうのみにせず、出典を確認し、異なる視点を比較し、その前提を問い直す力が求められる。これは、高等学校で重視されている「思考力・判断力・表現力等」と深く結び付いているのである。

生成AIを活用する時代には、何を問い、どのように判断するのかという、人間の側の力がこれまで以上に重要になっている。

2, 「望ましさ」は決められない

生成AIは、非常に便利な技術である。大量の情報を短時間で整理し、要約し、比較し、一定の傾向を見つけ出すことを得意としている。こうした特徴は、現代社会が重視してきた「効率化」と非常に相性がよい。

実際、「コストパフォーマンス」や「タイムパフォーマンス」といった言葉は、日常的に使われている。より短時間で、より効率よく、より無駄なく成果を出すことが求められる場面は多い。生成AIは、その流れをさらに加速させる可能性がある。

また、AIは数値化できるものや、過去のデータから傾向を見いだしやすいものを扱うことを得意としている。多数派の傾向を分析し、「最適」と考えられる答えを提示することにも長けている。そのため、効率化や最適化を目指す場面では、大きな力を発揮する。

しかし、「効率的であること」と「望ましいこと」は同じではない。生成AIは、過去のデータを基に、「一見合理的な答え」を返すことはできる。ただ、その答えが本当に望ましいのか、どのような社会を目指すべきなのかまでは決めることができない。

例えば、「多くの人に利益がある政策」が、常に正しいとは限らない。そこからこぼれ落ちる人がいるかもしれない。また、効率だけを重視した結果、人間関係や地域社会、文化的背景など、数値化しにくいものが軽視される可能性もある。

地歴・公民科は、「よりよい社会とは何か」を問い続ける教科である。そして、この問いには、唯一の正解が存在するわけではない。どの視点から社会を見るかによって、結論は変わり得る。その際の手がかりになるのが、倫理的な視点である。

「功利主義」は、多くの人の利益を重視する。「義務論」は、ルールや権利、説明責任を重視する。「徳倫理」は、「どのような人でありたいか」を問い直す。「ケアの倫理」は、弱い立場の人や関係性を重視する。

生成AIは、過去のデータを基に多数派傾向を分析し、最適化を行うことを得意としている。その意味では、功利主義的な考え方と親和性が高いと言える。しかし、社会にはそれだけでは捉え切れない問題が存在する。

AI時代には、「立ち止まる力」が重要になる。本当にそれでよいのか。誰が不利益を受けるのか。効率だけで決めてよいのか。

地歴・公民科は、こうした問いを扱ってきた。歴史を学ぶことは、過去を通して現在の社会の前提を問い直すことであり、公民科で民主主義や公共を学ぶことは、「どのような社会を目指すのか」を考え続けることである。

3, ELSI(エルシー)志向PBLと議論を基盤とした学習

生成AIの利用が広がる時代に、学校教育には新しい課題が生まれている。それは、単にAIを使えるようになることではない。AIを活用しながら、どのように考え、どのように判断し、どのように社会と関わっていくのかという学びが問われているのである。

その際に問われるのが、「何を問いとして設定するのか」である。生成AIは、与えられた問いに対して答えを返すことは得意である。しかし、どのような問いを立てるべきかは、人間の側が考えなければならない。特に地歴・公民科では、社会や歴史を多面的に捉え、異なる立場から考えていく必要がある。

こうした課題に向き合う方法の一つとして、筆者は「ELSI志向PBL」を提案している。ELSIとは、Ethical, Legal, and Social Issuesの略であり、倫理的・法的・社会的課題を意味する。AI技術そのものだけではなく、その技術が社会や人々にどのような影響を与えるのかを考える学びである。

例えば、生成AIによる情報生成、自律兵器、監視技術、AIコンパニオン※などを題材にした場合でも、「技術として可能かどうか」だけではなく、「それは望ましい社会につながるのか」「誰にどのような影響を与えるのか」という観点から問いを立てる。

こうした学びは、地歴・公民科との親和性が高い。歴史を学ぶ際にも、「なぜその出来事が起きたのか」「誰の視点で語られてきたのか」を考える必要がある。また、公民科では、個人と社会、権利と責任、公正と民主主義など、多様な立場から社会を考えていく。

さらに、「議論を基盤とした学習」も欠かせない。生成AIは、もっともらしい答えを瞬時に提示する。しかし、地歴・公民科では、「正解を当てること」だけでは十分ではない。異なる立場を知り、対話を通して自らの判断を更新していくのである( 図1 )。

 図1  問いから次の問いへ向かう学びの循環(筆者作成)

実際の社会では、一つの価値観だけで解決できない問題も多い。例えば、効率を重視する立場と、少数者の権利を重視する立場が対立することもある。そのようなときに必要なのは、単純に多数決で結論を出すことではなく、異なる立場を理解しながら熟議を重ねることである。

生成AIは、その議論を支援する道具として活用できる。あるテーマについて異なる立場の論点を整理したり、海外の事例を調べたり、多様な視点を比較したりすることは、生成AIの得意な領域である。また、探究学習においても、情報収集、比較、仮説生成、異なる視点の提示などに役立てることができる。

一方で、問いを立てること、何を大切だと考えるかを判断すること、その結果に責任を持つことは、人間が引き受け続けなければならない。

ここで問われるのが、アカデミック・インテグリティ(学問的誠実性)である。重要なのは、「AIを使ったかどうか」ではなく、「自分で考えたか」「出典を確認したか」「AIの限界を理解していたか」である。生成AIには、誤情報や偏りも含まれるため、他の資料と照らし合わせながら、自分自身の判断を形成する必要がある。

AI時代の学びでは、「AIを使うか、使わないか」という二項対立ではなく、「AIとどのように向き合うのか」が問われているのである。

4, AIコンパニオンと自律兵器

生成AIの影響は、学習や情報収集の方法だけにとどまらない。人と人との関係や、民主主義の在り方にも影響を与え始めている。

近年、「AIコンパニオン」や「AIチャットボット」と呼ばれる対話型AIサービスが広がっている。利用者の話を聞き、感情に寄り添うような応答を返し、継続的に対話を続けるAIである。否定せず応答してくれる存在に、安心感を抱く人も少なくない( 図2 )。

 図2  AIとの関係性や対話を考える教材(AI Snapshots※より)

こうしたAIは、「常に応答してくれる」「否定しない」「自分に合わせてくれる」という特徴を持つ。一方で、その関係が深まるほど、「大切な相談を誰とするのか」という問題も生まれる。

本来、人間は、家族、友人、教師、地域社会など、多様な他者との関係の中で考え、悩み、判断しながら生きている。しかし、常に自分に合わせて応答してくれるAIとの関係に依存するようになると、異なる価値観や意見と向き合う機会が減少する可能性がある。

民主主義社会において重要なのは、自分と異なる立場の人々と共に社会を形成していくことであろう。そのためには、異なる価値観と向き合いながら、議論し、判断していかなければならない。

この問題は、地歴・公民科が扱ってきたテーマと深くつながっている。近年では、AIを用いた自律型・半自律型兵器の実戦投入も進んでいる。ロシアとウクライナの戦争においても、AIによる標的選定やドローン運用が現実のものとなっている( 図3 )。

 図3  律兵器における判断と責任を考える教材(AI Snapshotsより)

そこでは、「AIの方が効率的に判断できるなら、人間より適切なのではないか」という考え方も現れる。これを技術の問題としてとどめてよいのだろうか。

誰が責任を負うのか。人間の判断をどこまで機械に委ねてよいのか。国家はどのような基準で技術を利用するのか。効率や安全保障を優先することと、人権や民主主義を守ることを、どのように両立させるのか。

こうした問いは、まさに地歴・公民科が扱うべき問題である。歴史を振り返れば、科学技術は常に社会や政治と結び付いてきた。技術は中立的に存在するわけではなく、誰が、何のために、どのように用いるのかによって、その意味は変わる。

5, 地歴・公民科の役割

生成AIが広がる時代には、問い続けること、他者と対話すること、異なる立場を知ること、そして自らの判断に責任を持つ姿勢が、これまで以上に求められる。生成AIは、これからの社会に広く浸透していくだろう。一方で、どれほど技術が進歩したとしても、人間が引き受け続けなければならないものがある。

どのような社会を望ましいと考えるのか。誰を守るのか。誰の声を残すのか。何に責任を持つのか。これらは、効率や最適性だけでは決めることができない。生成AIは、納得感のある答えを返してくれる。しかし、何を大切にするのかを判断するのは、人間である。

地歴・公民科は、単に知識を暗記するための教科ではない。過去を学び、現在を問い、未来を構想する教科である。生成AI時代には、その役割が改めて問われている。社会の変化が加速する時代には、歴史を学び、多様な価値観を知り、他者と対話しながら判断を形成していかなければならない。

AIが社会に浸透してくる中で、どこまでをAIに委ね、どこからをAIに委ねずに人間が判断し、責任を持ち続けるのか。その問いは、現代を生きる私たち一人一人だけではなく、これからの社会と人類の未来そのものに関わっているのである。


〈参考図書・教材〉
・美馬のゆり(2021)『AIの時代を生きる 未来をデザインする創造力と共感力』岩波ジュニア新書
・鈴木克明・美馬のゆり編著(2026)『学習設計マニュアルVer.2 「おとな」になるためのインストラクショナルデザイン』北大路書房
・AIリテラシー教材「AI Snapshots」aiEDU JAPAN(https://aiedu.jp/learn/)

※情報生成は、ChatGPTなどによる文章や画像等の自動生成を指す。自律兵器はAIが標的選定や攻撃判断を支援・実行する兵器、監視技術は顔認識等を用いた監視システム、AIコンパニオンは利用者との継続的な対話や関係形成を目的とする対話型AIである。
※AI Snapshotsは、米国の非営利団体aiEDUが開発したAIリテラシー教材であり、日本語版はaiEDU JAPANが翻訳・公開している。