- 中学校 地理
<授業を深める社会科教室> 社会科で考える多文化共生
2026年度 後期号
◆授業を深める社会科教室
社会科で考える多文化共生
茨城大学 教育学野 助教 金久保響子
1 多文化共生を再考する背景
日本の文化的多様化が進んでいる。それは、政府が発表する在留外国人数の推移や、その国籍の多様性を見れば明らかである(図1)。そうしたなか現代の日本では、公的な場面や民間の企業などにおいて、多様性の尊重が促進されるようになった。
一方で、多様性の尊重は、多くの人々が日常的な不安や生きづらさを感じる中で、マイノリティのみが優遇されていることへの不満の高まりにもつながっている。この反多様性の高まりは特にアメリカ合衆国やヨーロッパなどで見られたが、一部で「日本人ファースト」という言葉を耳にするように、日本においても排外的な言動が見られるようになってきている。
このような反多様性の動きに対抗するためには、一度立ち止まり、多様性の尊重や多文化共生は誰のためのものなのか、なぜ重要なのかということを改めて考える必要がある。そしてこれらの問いを考えることは、現代社会に散見される多様性の尊重は表面的なものに留まっていないか、本来の意味での多文化共生へと本当につながるのかという点を顧みる契機となる。
以上のように多文化共生の実現のために考えるべき問いは山積しているが、本稿では、多様な文化と向き合うために中学校の社会科教育でどのような工夫ができるかということについて論じる。
2 日本社会にすでにある文化的多様性に気づく
日本において、経済発展が進んだ後の1980年代後半以降、在留外国人数は増加傾向にある。在留外国人には永住者や技能実習などの中長期在留者といった分類があり(図2)、全てを含めた数は2025年末時点で412万人ほどである。この受入数はOECD加盟国の中で上位に入る。日本政府は移民政策を採用していないが、日本はすでに多くの移民を受け入れている国なのである。
一方で、以上のような状況から1980年代以降に日本の文化的多様化が進んだと語られがちであるが、それ以前から日本には文化的な多様性がある。日本には、アイヌ民族や琉球の人々、そして植民地政策のもとで朝鮮、台湾、中国などから移住してきた人々などが数世代にわたって居住している。「日本は単一民族国家である」という認識はいまだに残っているが、日本は常に文化的多様性のある国である。中学校社会科では、特に歴史的分野において関連する事項を学ぶ際に、この事実に気づかせることが重要である。
3 文化の流動性に気づく
地球上に多様な文化があることを学ぶ点において、社会科教育、特に地理教育の役割は大きい。中学校社会科地理的分野では、文化の多様性を学ぶ場として学習指導要領の「B世界の様々な地域」などが該当する。この大項目では、自然環境との関係性などに注目して多様な文化を学ぶ。
これらの多様な文化を扱う際に気をつけたいのが、文化は決して固定されたものではなく、流動的であることに気づかせる点である。文化は自然環境のみにより決まるものではない。そして文化は生まれた場所に留まり続けるのではなく、人々が地球規模で移動することにより、人々と共に文化も移動をする。さらに、グローバル化により地球規模での人々の交流が活発になる中で、新しい文化を取り入れ、既存の文化を残しつつも文化は変化していく。グローバル化による食事や衣服の欧米化などが、その例である。
このような文化の流動性に気づかせることにより、「○○に住む人々は皆~~である」「○○教を信仰している人々は皆~~である」といった固定観念にとらわれにくくなる。さらに、世界各地の文化についての学びを遠い場所の他人事で済ませず、自らの地域にもある(今後あるかもしれない)文化として身近に感じることが大切である。
4 みんなのための多文化共生
ここまで文化の捉え方について説明してきたが、最初の話題に戻し、多文化共生について考えたい。
マイノリティである人々の直面する生きづらさや不安は、例えば貧困や被災、孤立など、マジョリティの人々も時に直面する生きづらさや不安とつながっている。なぜならば、マイノリティの人々が直面する困難は社会に構造化されたものであり、同じ社会に生きる限り、誰もが直面し得るからである。
このような前提に立つと、マイノリティである人々の生きづらさや不安を解消するということは、決して誰かが得をして誰かが損をするということではなく、日本に住む誰もが公平に扱われ生きやすくなるような社会へと変わっていくことを意味する。そのような意味で、多文化共生は他人事ではなく、日本に住むみんなのために、実現させるべきなのである。
5 社会科で多文化共生を考える意義
前述の通り、多文化共生の実現のために必ず通る差別や不平等の問題は、個人の問題ではなく社会に構造化された問題である。つまり、個人が差別的な言動をしないようにし他人を思いやることのみでは、多文化共生は実現されない。もちろん、個人個人の意識もとても重要であるが、社会が構造的に変化しなければ多文化共生は実現されない。
だからこそ、社会の在り方を学び考える社会科教育において、多文化共生を扱うべきである。他人を思いやるという態度の育成のみで終わらせるのではなく、社会科の授業において、社会のどのような構造が不平等へとつながっているのか、その不平等を解消するにはどのようにすればよいのかを考えることが重要である。それこそが、多文化共生を実現させるための社会科教育の役割ではないだろうか。
本稿の内容に興味を持たれた読者の先生方には、以下の参考文献などをおすすめする。
<参考文献>
・岩渕功一『多様性とどう向き合うか―違和感から考える』岩波新書、2025年
・塩原良和『共生の思考法―異なる現実が重なりあうところから』明石書店、2025年

