• 中学校 歴史

<授業研究 歴史> モンゴル帝国の拡大と影響について ―世界とのつながりを意識した授業づくり―

2026年度 前期号

◆授業研究 歴史

モンゴル帝国の拡大と影響について

-世界とのつながりを意識した授業づくりー

神奈川県 横浜市立六角橋中学校 主幹教諭 米津 一豊

1 はじめに 

帝国書院『社会科 中学生の歴史』(以下、教科書)では、都市のイラストや世界地図から当時の世界の動きや日本とのつながりを考えられる特設ページ「世界とのつながりを考えよう」が計6箇所(地図編全4テーマ、イラスト編全2テーマ)設けられている。従来からある「タイムトラベル」に近い内容で、令和7年度版より新設された。生徒たちは「タイムトラベル」を読み解く活動が好きである。視覚的資料が少なく、概念的知識の詰め込みになりやすい歴史的分野の学習のなかで、地図とイラストを基にした活動は具体的なイメージが持ちやすいのだろう。社会科を得意としていない生徒も取り組みやすく、展開次第で深い学習にもつなげることができる。

また、「世界とのつながりを考えよう」は、ともすれば用語の暗記や断片的な出来事を捉えることだけに陥りがちな歴史の学習を、世界とのつながりを通して複眼的に捉えるきっかけになる教材だ。社会科の学習が苦手な生徒に対して、また、歴史を部分的、概念的な知識として捉えがちな生徒に対して有効な取り組みになるよう活用していきたい。

2 学習指導要領上の位置付けと単元・評価計画 

学習指導要領においては「(2)中世の日本」のなかで、「この中項目では、12世紀ごろから16世紀ごろまでの歴史を扱い、我が国の中世の特色を、世界の動きとの関連を踏まえて課題を追究したり解決したりする活動を通して学習することをねらいとしている。」(下線は筆者による)とあり、内容の取扱いでは、「イ(2)のアの(ア)の『ユーラシアの変化』については、モンゴル帝国の拡大によるユーラシアの結び付きについて気付かせること。」とある。また、「元寇(モンゴル帝国の襲来)については、元寇が国内に及ぼした影響などに気付かせるとともに、元寇の背景について、『モンゴル帝国の拡大によるユーラシアの結び付き』(内容の取扱い)などの地理的な確認を基に、元(中国を中心としたモンゴル帝国東部)の君主が帝国全体の君主でもあったことなどを踏まえ、モンゴル帝国がアジアからヨーロッパにまたがる広大な領域を支配し、東西の貿易や文化の交流が陸路や海路を通して行われたことなどに気付くことができるようにする。」などとあり、元寇を単なる日本の歴史上の事件として捉えるだけではなく、その背景となるモンゴル帝国によるユーラシアの変化を理解させる必要があることが強調されている。

こうした学習のために教科書p.78〜79「世界とのつながりを考えよう〜地図編②〜13世紀ごろの世界」の地図(図1)はうってつけである。第3章第2節「武家政権の内と外」を4時間の単元とし、その1時間目に本実践を置くこととした。

図1 『社会科 中学生の歴史』p.78~79「世界とのつながりを考えよう~地図編②~13世紀ごろの世界」 鎌倉時代(13世紀)のころの世界

3 本時の展開 

①モンゴルのイメージを挙げてみよう

まず、生徒たちに本時の問い「モンゴル帝国はどのような特徴をもっていたのか」を示す。そのうえで「モンゴルについてのイメージ」を自由に挙げさせる。

生徒からは、馬、引っ越しが多い、遊牧民、戦いに強そう、草原、羊、チンギス゠ハン、フビライ゠ハン、てつはう、人口密度が低い、鉱産資源、『スーホの白い馬』、テントのような家に住んでいる、砂漠、シルクロード、日本に攻めてきた…などが挙がった。漠然としたイメージに基づく発言もあれば、地理的分野での学習内容や、小学校での学習内容が反映されている発言もある。小学校の学習指導要領では身に付けるべき知識として「元との戦いについては、北条時宗が九州の御家人を中心に全国の武士を動員し、元の攻撃を退けたこと、幕府が全国的に力をもってきたことなどが分かること」と示されており、生徒たちは小学校の社会科の授業を通して、鎌倉時代に元(モンゴル帝国)が日本に来襲したことは学んできている。一方でその背景や地図上の広がりについてはそれほど理解は深くないようだ。

②白地図で予想しよう

白地図に、モンゴル帝国が最も広かった時の範囲を予想して記入させる。白地図は帝国書院のwebページからダウンロードできる世界地図からユーラシア大陸を一部加工したもので、中心に現在のモンゴル国を示した。現代の国家・国境の視点で過去の版図(はんと)を捉えることには危うさがあるが、今回は生徒の分かりやすさを重視した。生徒の記入作業が終わったところで教科書p.78~79を開き、「13世紀ごろの世界」の「モンゴル帝国の最大版図」を確認する(図1)。予想以上の範囲に及ぶ版図に驚く生徒もいた。

図1 『社会科 中学生の歴史』p.78~79「世界とのつながりを考えよう~地図編②~13世紀ごろの世界」 鎌倉時代(13世紀)のころの世界

③「世界とのつながりを考えよう〜地図編②〜」の活用

教科書に用意されている「やってみよう」の1.Ⓐ~Ⓓに順番に取り組む。生徒たちはそれぞれの場面を簡単に見つけるが、この活動は生徒の反応次第で広がりが大きく変わってくる部分である。必要に応じてこちらから追加で問いを投げかけていくとよい。

例えば「Ⓐ.日本の武士と元(モンゴル帝国)の兵士の戦い」では、「なぜ、元は日本を攻めたのか」「どのようにして日本までやってきたのか」。「Ⓑ.中国商人から陶磁器を受けとるイスラム商人」「Ⓒ.アストロラーベを使って航海するイスラム商人」「Ⓓ.イスラム商人から、中国産の陶磁器を受けとるイタリア商人」では、「中国産の陶磁器はなぜ人気があったのか」「アストロラーベとは何か」「取引にはどのような通貨が用いられていたのか」などである。元時代の陶磁器にある青い模様は西アジアで産出されるコバルトが用いられている(図2)。

また、アストロラーベについてはアニメの影響で知っている生徒も多かった。アストロラーベは距離、方角、山や建造物の高さ、時刻、天体の高度などを観測できる多機能機器で、一部では「中世のスマホ」とも呼ばれており、学者や旅人、商人が利用していたことに触れる。時刻と方角が分かることがイスラム教徒にとって重要であることに気付いた生徒もいた(素晴らしい!)。

p.78 (図1)のB1に示されているモンゴル軍とヨーロッパ騎士との戦い(1241年のワールシュタットの戦い)を取り上げて、「モンゴル軍はヨーロッパのどのあたりまで攻め込んだのか」と問い、地図帳で確認させてもよい。帝国書院『中学校社会科地図』ではポーランドの都市レグニツァがそれにあたる。また、絵地図には凡例としてツンドラや針葉樹林などの植生が色分けされている(図3)。モンゴル帝国の版図と地形の関係に着目してみるのも面白い。モンゴル帝国は主に草原・砂漠に広がっており、森林や山岳の地域は少ない。理由について考えさせてはいかがだろう。

④追加資料から考えよう

「世界とのつながりを考えよう~地図編②~」の活用だけでも学べることは十分にあるが、今回は本時の問いである「モンゴル帝国はどのような特徴をもっていたのか」に迫るため、さらに追加で資料を用いた。

資料1としてモンゴル帝国の玉璽(ぎょくじ)を示す。これにはテュルク系の文字が刻まれている。

資料2として「モンゴル帝国皇帝からの手紙」としてフビライから日本への国書とグユクからローマ教皇宛の国書の2点を示す。前者は漢字、後者はペルシア語で書かれたものである。なおローマ教皇への国書はモンゴル語を原書として、ペルシア語のほかラテン語のものもあったとされているが現存していない(内容はいずれもモンゴル帝国への臣従を求めるもの)。

資料3として、モンゴル帝国が流通させた紙幣、資料4として、モンゴル帝国の駅伝制に関わる牌符(はいふ)(符牌)を示した。駅伝制については奈良時代の学習で少し触れていたので補足する。資料3と4についてはマルコ゠ポーロの著述から引用した説明文章をつけた。

資料3の説明文章:「これらの紙片にはカーンの印璽がいちいち押されている。とにかくこうして作製された通貨はどれも純金や純銀の貨幣と全く同等の権威を賦与されて発行されるのですぞ。」

資料4の説明文章:「ニコロ、マテオ、マルコの三氏がいよいよ出発するに当たって、カーンは彼らを特に御前に召され、権威の標識たる符牌二枚を授与した。この符牌には、カーンの領内ならどこへでも旅行できる自由と、本人及び従者に必要な食糧を至る所で支給される特権とが保証されていた。」

(マルコ゠ポーロ著、愛宕松男訳『完訳 東方見聞録1』平凡社、2000年より)

これらの資料を基に「モンゴル帝国はどのような特徴をもっていたのか」を改めて問うた。

資料1〜4から生徒はモンゴル帝国の多面性を読み取る。資料1と2からは「内容は高圧的だが、相手に合わせた言語で手紙を書く知性を持っている。モンゴルの人が書いた手紙なのか?」「広い範囲を支配していたので、翻訳能力のある家来を従えていたのではないか?」などの読み取りができた。資料3と4の紙幣や駅伝制からはモンゴル帝国の合理性を読み取る生徒も多かった。また、イタリア商人マルコ゠ポーロが記述した文章であることに注目する生徒もいた。

今回は利用しなかったが、モンゴル帝国がもたらしたユーラシア世界の結び付きに関する資料としてはほかにさまざまな事例もあり、活用できる。例えばフビライが行った大運河の整備や通行税の撤廃、また銀を基軸とした経済圏の形成を挙げることもできる。モンゴル帝国が紙幣を発行し、銀による取引きを紙幣で代替していた時期、イングランドの鋳造所では前世紀の5倍もの銀貨を発行していた。モンゴル帝国による中央ユーラシアの支配がヨーロッパの通貨事情にまで影響していた例である。

4 おわりに 

今回の執筆に際して、モンゴル帝国や元寇に関する複数の文献にあたった。改めて感じたことを2点ほどお伝えしたい。一つは「全ての知識を授業に詰め込みすぎない」ことだ。文献は読めば読むほど面白く、全てを生徒に伝えたい衝動に駆られるが、ぐっと我慢して目の前の生徒の実態に合わせて授業を組み立てたい。もう一つは資料の客観性である。どのような文献も、書かれた時代の影響は避けられない。戦前戦中の日本が蒙古襲来を神国思想と結び付けたのは周知の事実だが、戦後の文献からは、元の拡大と周辺諸国の抵抗を20世紀の帝国主義政策とそれに対する抵抗に投影させて描き出すものもあった。近年ではこれまでのヨーロッパ中心史観への偏りの反省から、アジア・ユーラシア中心の歴史観で書かれた文献も多い。これは当然のことではあるが、私たちが生徒に資料を示す際には、可能な限り、一次資料や客観的な資料を精選しなければならないことを痛感した。授業者と生徒の対話、そして授業者と資料との対話の重要性はどのような時代でも変わることはない。