- 中学校 公民
<授業を深める社会科教室> 社会保障学習の授業づくりの切り口と可能性
2026年度 前期号
◆授業を深める社会科教室
社会保障学習の授業づくりの切り口と可能性
東海大学資格教育センター 准教授 斉藤 仁一朗
1 「アメリカ型か、北欧型か」の代替案
中学校公民的分野の社会保障に関する授業において、よく見られる「型」がある。それは、授業の導入で社会保障のイメージを把握させ、中盤で重要語句や制度の説明を行い、後半で「アメリカ型(低負担低福祉)か、北欧型(高負担高福祉)か」の枠組みのもとで日本の将来を考えさせる、という授業の流れである。本稿では、この定番の「型」に代わる社会保障の授業づくりの視点を三つの切り口から提案したい。
2 「人生前半の社会保障」という発想
中学生にとって社会保障は身近なテーマなのだろうか。おそらく身近ではないという回答が多いだろう。社会保障の社会科授業をつくる中で、この「身近ではない」印象こそが最初のハードルとなる。
そこで、生徒にとって社会保障を身近に感じる一つの切り口として「人生前半の社会保障」(広井良典(2006)『持続可能な福祉社会』)という発想を紹介したい。社会保障が生徒にとって遠く感じがちなのが、年金、医療、介護などが高齢者になってから必要だと思われがちであるからだ。しかし、人間が生まれてから死ぬまでの一生の中で、周りからの金銭的・社会的サポートが必要なのは、高齢期に限られない。「生まれてから死ぬまでの間で、金銭的なサポートがいつ、どれくらい必要なのか?」という問いを始点に、生徒との推論や議論を始めて、掲載した「ライフサイクルでみた社会保険及び保育・教育等サービスの給付と負担のイメージ」(図)を検討するのも一案だ。また、社会保障給付費の中で、人生前半に関わる国からの支出が国際的に見て低水準にあるデータ(広井、2006)や、家族関係社会支出の対GDP比のデータを提示することで、生徒の認識を揺さぶることも可能である。結果として、年金や介護の制度の必要性も捉えやすくなるだろう。
図 「社会保障の給付と負担(ミクロベース)」厚生労働省資料
3 社会保障の全体像を二本柱で捉える
第二の提案は、社会保障制度の特徴を「リスクの分散」と「所得の再分配」の二本柱で捉える点である。一般の社会保障の専門書では、日本の社会保障制度は、「社会保険型の制度」と「税方式型の制度」の折衷型となっており、専門家から見ても複雑だと評されることが多い。中学校公民的分野の教科書でも「社会保険」「公衆衛生」「社会福祉」「公的扶助」の四本柱が書かれているが、この四つの柱を単に並列に教えると、社会保障の全体像を理解しにくくしてしまう懸念がある。
それに対し、広井良典(1999)は『日本の社会保障』において、社会保障を、個人が保険料を出しあって集団でリスクに備えるという「リスクの分散」を基本原理とする「社会保険」と、税を財源とした「所得の再分配」を基本とする「福祉(公的扶助)」に分けている。また、現状の社会保障制度が、実態としては一般財源からの支出も多く、「社会保険」と呼びづらい制度設計になっていることからも、上記の二視点から捉えるアプローチを勧めたい。ただ、日本の教科書は、社会保障を主に「リスクの分散」の視点から説明する傾向が強い。そのため授業では、「所得の再分配」の側面を意識的に教えることが必要となる。その際に、「所得の再分配」を考える適した事例の一つが、「生活保護制度」である。学校の先生方から、「生活保護は、生徒の中に当事者もいるかもしれないので扱いづらい」という話を伺うことも少なくない。その際に、生活保護の是非を直接問うのではなく、「諸外国と比べて、なぜ日本では生活保護制度の補足率(生活保護を利用する権利がある人のうち現に利用している人の割合)が、低いのか?」と国際比較の視点から切り込むことで、生徒の常識的な認識を揺さぶることができ得る。
4 世代間格差の論点をどう乗り越えるか
第三の提案は、「世代間格差」の論点をうまく避ける、という発想である。実際、教科書も現役世代と高齢世代の負担の非対称性を強調しているし、生徒が自分と制度の利害関係を捉えやすい視点でもある。ただ、「世代間格差」の視点を強調してしまうと、本来は多様性のある「高齢者」「若者」を安易な二項対立のように捉えてしまい、「われわれ」としての若者の損得勘定を優先して、「他者」である高齢者に反感を抱いてしまう懸念もある(アマンダ(2024)『High Conflict』参照)。
そこで、対立を回避するアプローチとして二つの方法を提案したい。第一に、社会保障の議論をより広い論点へとつなげて捉える方法がある。例えば、世代間格差の論点は、「どうすれば将来世代のことを考えて政策提案ができるか。なぜそれが難しいのか。」という問いに転換が可能である。そして、将来世代のことを考えた政策選択の難しさを実感するには、今の自分とは異なる立場になり切って考えるロールプレイ、シミュレーション学習などが効果的だろう。この論点を通して、社会保障の話が環境政策やまちづくり政策などの幅広い論点につながることを生徒に実感させたい。第二は、実際に構想・提案されている具体的な改革案を複数紹介することである。例えば、全ての人の生活保障という意味では、「ベーシックインカム」「ベーシックサービス」の案もあるだろうし、若い世代の声を反映させるという意味では、「世代別選挙区制」「ドメイン投票法」「若者議会」などの選択肢を紹介することもあり得るだろう。さまざまな選択肢から、将来的に有効・可能な政策を吟味する活動は、授業後半のヤマ場としても有効だ。ここで重要になるのは、社会保障の話を高齢者など一部の人々に原因を負わせたり、将来に対して悲観的な議論に終わらせたりしないようにすることである。
5 「公共」との接続を見据えて
最後に、高等学校の「公共」との接続を考えた場合、高等学校では、より掘り下げた制度分析や、現状打開のための他国事例の検討などを深める方法もあり得るだろう。いずれにせよ、社会保障を学ぶ際に、単に制度を「身近に」することを考えるのではなく、生徒が持っているであろう認識を問い直すような授業を目指したい。

