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入りたい、でも入れない国 サウジアラビア
〜ヴェールのなかの真相〜 取材期間:2004年9月30日〜10月11日
◆行ってビックリ!サウジアラビア◆
▲ジッダの町並み 古くから商業都市として栄えたジッダには、世界から多くの企業が進出している。日本の企業もトヨタをはじめ多く進出している。

首都リヤドの空港についたのは、真夜中であった。空港の周りは、一面、砂漠の風景。「教科書で習った通りだな」というのが、最初の印象だった。しかし、市内に向けて車を走らせると、だんだんとイメージが変わってきた。日本と変わらないきれいな舗装の幹線道路。華やかなヨーロッパブランドの看板。そして何より驚いたのは、近代的な建物が整然と立ち並ぶ首都リヤドと、そこに聳え立つ高さ300m級の2つの近代的なビルだった。しかも、これは、それから2週間続くこの驚きの旅の、たんなる序章に過ぎなかった。

リヤドから南に2時間ほど走ったカラチという町には、砂漠の中に突如として牧場が。ここには、オランダから連れて来られたおよそ6000頭の牛が、冷房完備の牛舎で暮らしていた。リヤドの近郊には、冷房完備のビニルハウスで行われる花卉栽培。砂漠のオアシス都市では、短い雨季に低い土地が水浸しになるのを避けるため、地下からポンプでくみ上げた水を、山の上のダムに送って蒸発させているなど、教科書で知っている知識、石油・砂漠・オアシスだけでは想像できない光景に出会い、驚きの連続であった。


◆さまざまな人々との出会い◆

この取材旅行では、いろいろな人との出会いがあった。ガイドはもちろんのこと、ガイドの家族、各地で案内をかって出てくれた人々、デザイン会社を経営する女性社長、紅海でスキューバーダイビングや水上スキーなどのマリーンスポーツを楽しむ人々。スーパーで仲良く買いものをする夫婦。子どもに物を買ってあげる父親。他にもインド、パキスタン、マレーシア、フィリピンから集まってくる出稼ぎ労働者。もちろん、怖い目にもあった。軍の施設とは知らず、撮影したため、連行されそうになったりもした。しかし、そこには、訪れる前の情報では知ることができなかったサウジアラビアの人々のくらしがあった。

このような人々との出会いで、一番の思い出であり、これがアラビアのこころ精神として実感したのは、どこの場所に行っても、必ず行われる客人へのもてなしであった。客が訪れると、最初にアラビアコーヒーとナツメヤシの菓子で談笑しながらもてなし、用件が終わると食べきれない量の昼食・夕食が用意されていた。そして彼らの口からは、必ず「これがアラブのホスピタリティー(手厚く客をもてなすこと)だ」というフレーズが出てきた。一度ガイドに「なぜこれほどもてなすのか?」と質問したことがあった。「もちろんイスラムの教義に基づく行いであるが、それ以上に、相手をもてなせば、相手がよく分かる。そうすれば友情が生まれる。それによって平和が生まれる」という返事が返ってきた。

「ホスピタリティー」が「フレンドリー」を生み、それが「ピース」につながる。サウジアラビアの人々と接し、そのくらしを目の当たりにした時、その言葉が、胸に強く残った。平和に対する思いは、みな共通の思いなんだと。入国前は、世界情勢もあり、得体の知れないものへの恐怖で占められていた自分が恥ずかしくなった。そして、相手がどのようなものか分からず、一面的な情報が不安を掻き立てさまざま誤解をうむ原因であると、この度の取材でつくづく実感するとともに、教科書をつくる私たちの責任の重さを改めて思った。

◆異文化理解のために◆
▲子どもに帝国書院の地図をみせる サウジアラビアの教育への関心の高さは、日本と同じで、とくにビジネスに必要な英語と石油産油国らしく地学には関心が高かった。残念ながら、地図帳の教科書はなかった。

これからの国際社会を生き抜く生徒の皆さんに、世界の新しい情報、実際に取材してわかった事実や感想を正確に伝えることが私たちの使命である、そのような思いで取材をし、教材を作成している。私たちの、このような思いで作成した特集を通して、異文化を理解することの大切さを、少しでも生徒の皆さんがわかっていただけたなら、この上ない喜びである。それが、平和な未来を築くための一助になることを願って。


入 国 奮 闘 記  〜入国前も一苦労!? 入国後も一苦労!?

イスラムの聖地メッカがあり、現在でもサウド家の国王を中心に、イスラムの教えを厳格に守る国サウジアラビア。サウジアラビアは、日本とも石油を通じて関わりの深い国であるにも関わらず、この国の姿は、いっこうに日本に伝わってこない。さまざまな資料を調べても、砂漠・石油・オアシスの文字のみ、正確な人口数すら分からない状態。なぜなら、サウジアラビアは、ムスリムのメッカ巡礼や、就労ビザなど限られた条件でしか入国が認められていないからである。したがって、写真をはじめ各種統計等、資料も極めて乏しく、真に鎖国同然とも思える国なのである。「こうなったら、実際に訪れて取材するしかない!」そう思って私たちが、サウジアラビア取材のビザ申請をしたのが5月だった。

しかし、サウジアラビアのお隣の国イラクでは、毎日テロのニュースが飛び込むような国際情勢。しかも、サウジアラビアは、日本に対して、観光ビザを発行しておらず、国内に会社のある人のためのビジネスビザか、ムスリムが聖地を巡礼するための巡礼ビザしか発行していなかった。外務省と折衝するも、外務省の渡航情報は、サウジアラビア全土に「渡航の是非を検討して下さい」の情報を出しているので、交渉も芳しくない。時間だけが無為に過ぎていく。このまま取材にいけないのでは、と何回もあきらめかけ、「ムスリムになって巡礼ビザで入国しようかしら」と思うこともしばしばであった。しかし、意志を貫けば道は開けるもの。現地や旅行代理店とダイレクトで粘り強く折衝を重ねた結果、ようやく7月にサウジアラビア教育省をつてに、ビザ発行の目途がついた。「これで行ける!」と思ったが、先方からの返事は「責任者(王家)は、これから夏の休暇に入るので、許可は休暇が明けた後になる」という返事であった。しかし、どこも取材したことがない国を取材できるならたかが1ヶ月くらい、と思いじっと我慢。こうして、最初の申請からかぞえて5ヶ月目、ラマダーン(断食月)に入る前には国外にでるという条件で、特別な渡航ビザが9月中ごろにサウジアラビアから発行された。